2004年02月05日

十代目桂文治逝く 五郎思い出(2004/02/05)

 平成16年1月31日午後5時16分、十代目桂文治師が亡くなった。大正の生まれで、生粋の江戸っ子。おそらく落語家中最後の、江戸っ子らしい江戸っ子やったと思います。
 何度かご一緒させてもらいましたが、いつ見ても和服で、夏は浴衣か上布の着流し薩摩がすりを尻からげしてカンカン坊をかぶって自転車で走ってる格好たるや、マサニ、「トッチャン坊や」の仇名にふさわしい姿ではありました。
 書道に長じ何々展と言われるようなものにも度々入選し、号いくらと評価されるクラスでおました。
 こっけい噺が売り物で爆笑形の落語家でおましたのやが、あまり廻りの事に頓着しない人で、ある年○月○日、北海道は札幌TVの落語会で、こんなことがおました。
 文治・五郎の二人会、二人が二席ずつ題名公表で、私はその中の一席が「猫の災難」やったのですけど、文治さん、前で酒の咄をやりだした。演目を発表した段階では酒ネタやないはずやったんですけど、延々と酒ネタ総マクリ、猫災の酒の件(くだり)類似のネタを全部やってしまわはりますのや。もう、普通の猫災はできまへん。クスグリを全部変えなあきまへん。私の出番まで、中入が十分あるだけ……。
 と、ここで生まれたのが、北島三郎の歌を入れ込んだ歌う猫災北島節バージョンとでも申しますか、おかげさまで大受けでしたが、私としてはオールアドリブ、何をしゃべったのか自分でもハッキリしまへん。ただ、バカ受けしたことは分かってますさかい後日、その日のネタを録音して、自分のシャベリを確認したぐらいのもので、今日私が演ってるのは、このときの猫災が底本になってます。ある意味で文治師匠のおかげ、今となっては懐かしい思い出の一コマでおます。
 東京の芸術協会の会長を勤めてはりましたのやが、この一月三十一日で任期満了。退任される予定でおました。会長だけやなしに、人間までやめてしまうとは…。なんです…、これがホンマの人気満了やて…、そんなアホナコト、吉本やないねんさかい、エエ加減にしなさい!!



posted by EMI at 00:00| 五郎兵衛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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