2014年02月01日

第五回露の五郎兵衛追善落語会

今年もまた、お弟子さんたちが追善落語会をやってくれます。
よろしくお願いいたします。

2014年「追善の会」チラシs.jpg



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2012年02月16日

露の五郎兵衛追善の会

落語会チラシ.JPG

今年も、お弟子さんたちが、五郎兵衛の召天記念日に落語会をしてくれます。
宜しくお願い致します。
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2012年02月04日

第15回 上方演芸の殿堂入り

殿堂入りチラシ(表)s.jpg

殿堂入りチラシ(裏)s.jpg

井上さん.jpg

母.jpg

記念撮影.jpg

 第15回、「上方演芸の殿堂入り」ということで、2月2日に、表彰式が行われ、一門で、出席させていただきました。

 5月29日まで、ワッハ上方で、特別展示が行われています。
 五郎兵衛の遺品や思い出の品が多数展示されていますので、ご覧いただければ幸いです。(早)
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2010年09月09日

おかげさんで

 ブログのタイトルを「おかげさんで」に変更させていただきました。

 おかげさまで、五郎兵衛が天国に引っ越して1年半ほどになります。
 私など、五郎兵衛がいなければただのおばちゃん、と思っていましたが、五郎兵衛がいなくなっても、みなさんが変わらずに声をかけて下さるので、ビックリするやら嬉しいやらで過ごしてきました。

 私も、五郎兵衛がいなくなってからの方がかえってブログをよく書くようになり、楽しんでいます。
 それで、このブログも「そろそろ『露のたより』というよりおかみさん自身のブログにしはったら」と言うて下さる方もあり、「そうやな〜、わたしもそろそろ自立しよう」と思い、タイトルを変えることにしました。

 もう10年以上前になりますが、これもお勧めをいただいて東方出版さんの方から「おかげさんで」という半生記を出させていただきました。
 「おかげさん」というのは、その時はまだクリスチャンにはなっていませんでしたが、「自分がここまで生きてこられたのは、まわりのみんさんのおかげ、神様のおかげ」そんな気持ちでつけたタイトルです。
 今も、私を生かして下さっている神様のおかげさんで、毎日楽しく過ごさせていただいていることを感謝して、続けてこのブログを書いていきたいと思っています。

 どうぞみなさん、これからもよろしくお願いします。
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2009年08月06日

ここの所

昨日は団四郎君の怪談の会に大勢のお客さんが着ていただいたそうで有難うございました。

ここの所美味しいものを食べ歩いていますレストラン

十三のネギ焼き「山本」お父さんと30年からの馴染みです、私は大阪の人だからお好み系は大好きですが、主人は京都の人だからやはり、ネギ焼きやそうです。
人に教えてもらって行きましたら、京都のより美味しいと言ってました。
ねぎ焼きの簡単な「一線洋食」5年ほど前まで彦八祭りで焼いて1枚100円で売っていたのですが、弟子さんが高齢化に伴い身体が続かなくなり止めました。
今でも美味しかったなと言ってくださる方がいらっしゃいます、嬉しい事でするんるん

又甲東園にある京ひなと言う割烹料理屋さんですが、大変リーズナブルなお値段で、又ここのおそばが大変美味しいのです、普通の定食にもこのおそばと最後のデザートにおぜんざいの小さいのが付くのです、これに釣られて主人は時々行こうと言ってました、亡くなってから初めてでしたが矢張り美味しかったですわーい(嬉しい顔)

たまに友人と出掛けるのもいいかなと思いました。それぞれで色んな話が出来てとても有意義な日がすごせました、今までは余り友人とおしゃべりする機会がなかったのでこれからはこういう機会を持ちたいなと思っています。
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2009年04月04日

露の五郎兵衛・追悼番組情報

NHK総合で追悼番組を放送していただけることになりましたexclamation×2
残念ながら近畿地方のみだそうですが…バッド(下向き矢印)

上方演芸ホール
4月6日(月) 午前0:05〜0:48  (5日 深夜)
 『追悼・露の五郎兵衛さんを偲んで』
3月30日に亡くなった、前上方落語協会会長・露の五郎兵衛さんの追悼番組
 「猫の災難」(平成14年「日本の話芸」から)
【ゲスト】
   立花家千橘  小佐田定雄
 【司会】
   近藤泰郎アナウンサー

また、明日の朝8:00〜9:54 TBS系『サンデーモーニング』でも、何か少しだけ取り上げてもらえるかも?とのことです。
ニュース番組系なので、旬のニュース優先らしく、はっきりしたことは言えないそうですが…。
こちらは『上方演芸ホール』と違って全国ネットなので、ぜひ放送して欲しいとは思っているのですが…(^^;
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露の五郎兵衛「召天記念式」(告別式)のご案内

召天記念式の詳細が決まりましたので、取り急ぎお知らせいたします。


 日 時:4月14日(火)午後7時〜9時
 場 所:大阪市立葬祭場 やすらぎ天空館
 地下鉄谷町線「阿倍野」駅6番出口 南へ100m
 阪堺線「阿倍野」駅 南へ180m
 地下鉄御堂筋線「天王寺」駅、近鉄南大阪線「あべの橋」駅から 南へ800m  
 (阿倍野区阿倍野筋4-19-115)(TEL06-6656-6381)
 ※ 会場へお越しの際は公共交通機関をご利用下さいませ。

 ※なお、お花料(香典)については固く辞退申し上げます。
  ただし、供花につきましては、(社)上方落語協会の方で受け付けいたします。
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2008年10月20日

北野天満宮・もみじ寄席

みなさま、お久しぶりです。

11月24日(祝)京都、北野天満宮社務所で「第二回もみじ寄席」

をさせていただくこととなりました。

14時より碑前祭り(初代露の五郎兵衛の碑)、そして15時より落語会です。
木戸銭は2000円(もみじ苑拝観料、茶菓子付)

出演は、五郎兵衛・慎悟・福郎・団六・団姫です。

詳しくは五郎兵衛事務所0798-64-8150までお問い合わせ下さい。
たくさんのご来場を心よりお待ち申し上げております。
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2008年02月09日

繁昌亭にお越し下さい。

新しい年を迎えて一ヶ月が過ぎました。皆様いかがお過ごしでしょうか?
私どもはおかげさまで良いスタートをきらせていただいております。

今回は一昨年にオープンした繁昌亭への一門の出演予定をお知らせさせていただきます。

昼席、毎日昼の1時から夕方4時半
2月4日〜10日  吉次

2月11日〜17日 都

3月3日〜9日   千橘

3月10日〜16日 団四郎

3月17日〜23日 団姫

3月17日 五郎兵衛
3月19日 五郎兵衛
3月20日 五郎兵衛

3月23日 慎悟
3月27日 慎悟
3月29日 慎悟

夜席では毎月15日に「元祖大阪名物あほの会」へ都・吉次が出演しておりますのでこちらもどうぞお越しいただきますようお願い申し上げますプレゼント
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2007年03月14日

「お初天神」

 大阪の梅田新道に「お初天神」がおます。
この「お初天神」と言うのは通り名でほんまは「露天神」。
この露天神境内の森で蜆川新地(現キタ新地)の天満の遊女お初が心中したので「お初天神」
心中の相手は円本町の醤油屋宇野屋久右衛門の兄の子で宇野屋の手代をつとめる徳兵衛、二十五才、お初は二十一才、元禄十六年四月七日の出来事で・・・。
 この心中事件を早速浄瑠璃に書きおろしたのが近松門左衛門、竹本義太夫はこれを受けて一ヵ月後の五月七日初日で竹本座の舞台にかけたんでおます。
そして、この時はじめて太夫、人形遣いの出がたり出づかいという画期的な新趣向が行なわれ、両々相つまっての大好評。古今未曾有の大当たりやったと申します。
 やがて歌舞伎の舞台でも上演され、山城屋坂田藤十郎(当代)の十八番になったと言う。お初天神にまつわる知る人ぞ知る。知らん人の知らん。出がたり出づかいのウラ話、チョット出がたりしてみました。ハッハァーさいならッ!!

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2005年01月08日

年賀

明けましておめでとう御座います。
 初日の出心のネジを巻きなおす
 新春の一句でおます。
 毎年元旦に思う事ですのに、巻き直したネジは、直ぐに緩んでしもて半年と持ちまへん。
 なんぎなもんですなァ。けど、今年はそんな事言うてられまへん。
 此処一年病院暮らしをしてる間に考えたあれこれ、おろしたい演目が二つ三つおますのや。
 今年はやります。病気を吹き飛ばして頑張ります。ご心配を掛けた皆様への御恩返し、今年巻き直したネジは一寸やそっとで緩まんようにカタク、カタク巻きました。
 どんなネタが飛び出しますか、上手くいきましたらお手拍子、御喝采の程宜しゅうおたのもうします、と、お願いして、年頭のお約束に致します。
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2004年10月29日

顔見世

顔見世のビラかんざしやおちょぼまで   後藤夜半の句。

 十一月の京都は顔見世の月、祇園はおちょぼに至るまで、まねきのビラかんざしを差してるのでおます。
 江戸時代役者の契約が十一月から翌年の十月迄の一年、十一月に来る年一年間の出演者が顔を揃えて御目見得のご挨拶をしたのが始まりとか、高浜虚子の句に曰く、顔見世を見るため、稼ぎ溜めしとかなの世界。
 五郎の幼い頃、「大きなったら、舞妓はんをおんぶして顔見世見に行くねん」と、言うて居たとか、今でもその夢に変わりはないけど、実現できそうにおまへんなぁ。
手ぶらで顔見世が勢一パイ。
 顔見世の長き幕間にしんそば、位のとこですか………。
 ともあれ、新海老蔵、見いたいなァ、見いたいなァ。

 顔見世の京に入日のあかあかと    久保田万太郎の句
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2004年04月30日

五月に寄せて

 時は五月、我々は若い、と、アルトハイデルベルグの王子様が仰った。
 いつどこで、何で覚えたのか忘れましたが、このフレーズが気に入って、アレやコレやに使いたくった若い日がありました。
 その五月が今年もやって来ました。
五月五日は端午の節句、五月の端(はじめ)の午(うま)の日と言うのやそうで、粽と柏餅、粽は中国伝来、さてその故事来歴一通り、マ、お聞き下され。
 チチチン、昔、中国が春秋戦国時代楚の懐王に仕えた屈原(くつげん)と言う人、日本人の好みで文武両道の達人、とも申しますが、、ホンマは清廉潔白の学者で憂国の詩人、武の方は……どうや判りまへん。
 初めはかなり重用されたんですけど、ざん言によって疎んぜられ、頃裏王(けいじょうおう)の代には江南に飛ばされてしまいます。やがて屈原が心配したとおり秦が侵入して楚は滅んでしまいます。絶望と煩悶の屈原は泊羅(できら)という渕に石を抱いて身を投げます。
 江戸の通人蜀山人は「死なずともよかるべきらに身を投げて偏屈原と人は言うなり」と、詠んでおります。
 何がさて屈原の死を悼む人々は、その亡骸をむざむざ魚の餌食にさせまいと、米を竹筒に入れて渕に投じ、これで魚の気をそらした。この日が五月五日で有ったので、毎年、命日に当たる五月五日に餅米を笹の葉に巻いて蒸した粽を供えるようになって、何時の間にやら端午の節句とひっついたのやそうでおます。
 もう一つの柏餅は小豆あんと味噌あんがおますのやけど、物のの本によりますと、小豆あんの時は柏の葉の表を外側に、味噌あんの時は柏の葉の裏を外に出したものやと申します。柏餅の裏表、ご退屈原のお粗末……どんどん、チャカチャンリンチャンリン

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2004年04月16日

江戸と上方の噺の違い

 江戸と上方の噺について、あれは、私が言い始めた説でして正確なとこ……?を、
ここで書いて置きますと、上方と江戸、その落語創成期。
 上方の露の五郎兵衛は、京都北野の天満宮をはじめ上方の辻ばなし。
つまり街頭に於ける口演は、先ず道を行く人の足を留めなければ成らないから派手で陽気で賑やかな引き付ける芸。
 江戸の鹿の武左衛門は座敷仕方ばなし。
風呂屋の二階とか問屋場の二階、所謂大広間の座敷で、現在と同じで料金は前払い先にお金を頂いているんですから、納得して帰ってもらわなければならない。
 この創成期の演じ方が、今日にまで影響して、引き付ける芸の上方、納得させる芸の江戸と言う事に成ったのやないか……?、というんですけど、どうですやろ。
 と、これは私の説で、他人(ひと)さんは知りまへん。独りよがりかも知れまへん。
もしそうやったら堪忍どっせ。
当たってると、私は思うてます。

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2004年04月11日

桜鯛

 さくらさくら弥生の空は……
さくらも盛りを過ぎ、名残のさくらとなりつつあります…。
 春、四月といえば桜鯛の旬でもあります。
鯛と言うたら兜煮、つまりはあら煮きですのやけど、昨今、天下一品のあら煮きを見つけました。
 阪急逆瀬川下車東へ一直線。中津浜線にぶつかったところ、消防本部の前、宝仙花という料理屋。一見ファミレス風ですけど、ここの鯛のポン酢だき、まあイッペン食べてみなはれ。イマイチ魚の好きやない私が、一人前ペロリ。黙って食べさしといたら二人前はいきますやろなぁ。それはおいしいもんでっせ。
 そもそも桜鯛、大阪では魚島と言い、太平洋から鳴門をこえて瀬戸内海へ入ってくる鯛の群れ、深場になれた魚が浅い小底に当たって浮き上がる、海面近く姿を見せて進んでくる魚群が、さながら島のように見えるところから、呼ばれたそうです。
 東京は、江戸前の魚、と言うて、東京湾で取れた魚を珍重したそうですが、大阪は瀬戸内海の鯛を前の魚と言うたのやそうです。
 さてそこで、タイ−9=鯛  なんと読む?
タイから9が去る。9去っても鯛、腐っても鯛、でどうでおます。
どこかでやってみなはれ…。ただしドツカレても知りまへんでェ。
 ともあれ、今月もよろしゅうにおたの申します。
五郎平伏


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2004年03月02日

良ェ方・悪方 良ェ者・悪者

 一昔前のお芝居は、すべからく勧善懲悪が主流で、役者はんも良ェ方、悪方(えぇがた、わるがた)一見して判る顔でおました。
 大衆演劇なんかはその最たるもので、立ち廻りなどともなれば、お芝居である事も忘れて、お客から「ホレホレ気ィ付けな悪が後へ廻りよったでェ」てな声が飛んだもんで。ですさかいに悪役役者の子が学校でイビラレタとか仲間外れにされたとか言う話はザラでおました。
私でさえもイレブンPMや、お笑いネットワークのレギュラーで艶笑物を演ってた頃には、HなオッサンとかHの五郎、スケべの五郎等と呼ばれて完全に役柄と人格が混同され、芸と人間性が同一視された、子供が学校でイジメに合うてな事も合ったんやそうです。
 面白いもんでんなァ、良ェ方・悪方、良ェ者・悪者(ええもん、わるもん)、日本人はなんで決め付けますのやらろねェ、人は見かけによらん物、てな言
葉もおますのに……。
 けど、そうやさかい、演りたい噺、イマイチ好きやない噺、自分に合う合わんと言うのが出来て来るんやろうなァ。 
 中で艶噺について、一ぺんゆっくりお話したいと思うてます。又……そのうちに。
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2004年02月16日

「新類題別番傘川柳一万句集」

 私が川柳を作り出して四十五年。早いもんで、もうそないなるのかいな、てなもんですけど、その割に上手になりまへん。人間のドラマの中の一駒を取り出して五七五にするんですさかいに、私に言わしたら、新作の噺を一席作るのと同じ位の労力が要りますのや。けど、それが又楽しいんで落語生活五十周年の記念には、とうとう句集をだしてしもうたぐらい。そんな私の句がなんと番傘川柳本社の創立九十五周年記念出版の「新類題別番傘川柳一万句集」に載ってますねんデェ。密かに憧れてた川柳作家の著名などなたこなたと肩を並べて……。
嬉しいやら照れくさいやら。でもやっぱり見て欲しい気もしますので、本屋さんへ行かれたら立ち読みしてください。
但し叱られても私のセイやおまへんデェ。
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2004年02月05日

十代目桂文治逝く 五郎思い出(2004/02/05)

 平成16年1月31日午後5時16分、十代目桂文治師が亡くなった。大正の生まれで、生粋の江戸っ子。おそらく落語家中最後の、江戸っ子らしい江戸っ子やったと思います。
 何度かご一緒させてもらいましたが、いつ見ても和服で、夏は浴衣か上布の着流し薩摩がすりを尻からげしてカンカン坊をかぶって自転車で走ってる格好たるや、マサニ、「トッチャン坊や」の仇名にふさわしい姿ではありました。
 書道に長じ何々展と言われるようなものにも度々入選し、号いくらと評価されるクラスでおました。
 こっけい噺が売り物で爆笑形の落語家でおましたのやが、あまり廻りの事に頓着しない人で、ある年○月○日、北海道は札幌TVの落語会で、こんなことがおました。
 文治・五郎の二人会、二人が二席ずつ題名公表で、私はその中の一席が「猫の災難」やったのですけど、文治さん、前で酒の咄をやりだした。演目を発表した段階では酒ネタやないはずやったんですけど、延々と酒ネタ総マクリ、猫災の酒の件(くだり)類似のネタを全部やってしまわはりますのや。もう、普通の猫災はできまへん。クスグリを全部変えなあきまへん。私の出番まで、中入が十分あるだけ……。
 と、ここで生まれたのが、北島三郎の歌を入れ込んだ歌う猫災北島節バージョンとでも申しますか、おかげさまで大受けでしたが、私としてはオールアドリブ、何をしゃべったのか自分でもハッキリしまへん。ただ、バカ受けしたことは分かってますさかい後日、その日のネタを録音して、自分のシャベリを確認したぐらいのもので、今日私が演ってるのは、このときの猫災が底本になってます。ある意味で文治師匠のおかげ、今となっては懐かしい思い出の一コマでおます。
 東京の芸術協会の会長を勤めてはりましたのやが、この一月三十一日で任期満了。退任される予定でおました。会長だけやなしに、人間までやめてしまうとは…。なんです…、これがホンマの人気満了やて…、そんなアホナコト、吉本やないねんさかい、エエ加減にしなさい!!



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2004年01月22日

江戸と上方芝居噺あれこれ(2004/01/22)

 江戸にも上方にも芝居噺と言うジャンルがあります。
 何(いず)れにしてもここで言う芝居とは歌舞伎の事ですのやが、一切、音と言うものを使わない素ばなしをモットーとする江戸と、はめものと称してチョットした噺にも、囃子鳴り物の入る上方とは色合いが違うのはやむを得ぬところです。
 江戸は円朝等に代表される道具入りで、人情噺風にはこんでおいて、良き所でキッパリになりチョンと柝の音で後幕を落とすと、飾り付けた道具が出て芝居調の台詞廻しになり立ち廻りを見せたり引抜を見せたりして幕に成るというもので、上方ではこの形の類を見ません。
 その代わり上方では正本芝居噺と称して芝居を一幕、すっくり見た様な気にさせる芝居を見たまま再現するものがあり、此れは江戸に無い形でおます。
 江戸・上方共通の形は二種類あり、その一つは噺の中の登場人物が芝居の真似事をするもので、役者が主人公の中村仲蔵や、淀五郎等をはじめ蛸芝居や七段目、蔵丁稚がポピュラーです。
 もう一つは噺の中でキッパリとなり芝居がかった台詞になって囃子や鳴り物が入るものが有りますが、東京は此れをも芝居噺と言い、大阪では、敢えて芝居噺と言わず、はめ物入り位で片付けてしまいます。
 ともあれ、上方だけの芝居噺としては前述の芝居見たまま式の芝居一幕の一席。これは楽屋が大変で、そこそこの人手がかかるから今日となっては何時でも何処でもという訳には行かず、演者もだんだん減って居るのが現状です。
 口はばったいが私の専売品でこの三月七日から十一日迄の五日間「国立文楽劇場小ホール」で「加賀見山」序幕花見の場を上演致します。興味の有る方はご一覧下さい。そうそうちょいちょいは演りません、数少ない上演ですので…… どうぞよろしゅうに。
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